2026/06/22 19:32
南部鉄瓶は岩手の二大産地、奥州市の水沢鋳物工業共同組合に加盟した奥州市の鋳物工場で作られた物と盛岡市の南部鉄器協同組合に加盟している工房・工場から作られる鉄瓶で、それぞれ工房の銘が有り、奥州は約900年前、盛岡は約600年前から鉄器が作られた歴史があります。
盛岡で作られる鉄瓶は元々南部藩なので南部鉄瓶ですが、奥州は伊達藩だったので奥州で作られる鉄瓶は伊達鉄瓶と言われました。
南部藩の保護のもと茶道具を作り発達してきたのが盛岡の南部鉄器で、伊達藩の保護のもと庶民生活道具としての鉄器を作り発展してきたのが奥州の南部鉄器でそれぞれの特徴があります。
昭和39年には水沢と盛岡の南部鉄器協同組合が合同で岩手県南部鉄器協同組合を設立して、今の南部鉄器という名称に統一されました。その中で現在は伝統的製法の焼型で作る工房と機械で作る現代的製法の南部鉄器と大きく分かれます。また明治時代にはお互いの交流が有り切磋琢磨しながら先人達の努力により発展してきて、昭和50年に「伝統的工芸品」の国から第一号にの指定を受けました。
南部鉄瓶と呼ばれる物は奥州市と盛岡市のそれぞれ工房・工場から作られた物でそれには歴史と背景があります。


